恋は盲目

周りが見えない程何かに熱中し、気が付けば窓から差し込む朝日が夕焼けに変わっていたなどと言う事は有りませんか。恋は深く落ちる程に視界を奪います。光に溢れる海面から深海へと沈み込むよう、見えていた景色が気付かない内に手探りでしか辺りを探れぬ程に視界を失ってしまいます。閉ざされた視界の中で目にする景色は幾分秀でて見えるもの。古くから有る『あばたもえくぼ』と言う諺が表すよう、恋は正常な判断を誤らせ何事も好感へと繋げてしまいがちです。しかし一時的な錯覚にも近しいこの現象は、気持ちが冷めゆくと共に魔法が解け、現実に引き戻され後悔する事もしばしば。それどころか周りが見えない為、知らず数多の者に迷惑を掛けていたなどという自体も考えられます。この場合恋する当人には何ら問題は無いでしょう。しかし巻き込まれる側にとっては溜まったものでは有りません。恋から冷め、周りを見回してみたならば友人から家族に至るまで、誰も居ないなどと言う悲劇は避けたいものです。
とは言え気付かぬが故に盲目。冷静さを失わないよう心掛けようとも、強い衝動に掻き消されては如何ともし難いものだと思います。解決法も自ら気付く以外には手の施しようが無い、悪性の病のようなもの。性質の悪いこの病、上手く付き合えるよう精進したいものです。

余談ですが『恋にとどめを刺すあらゆる手段の中で、最も確かなのはその恋を満足させることである』と、フランスの喜劇作家マリヴォーは言っています。これをお読みになる方々が一刻も早く恋に致命傷をお与えになるよう、祈っています。

嫌いよりも、好きがイイ

上記では盲目さの否定のようになってしまいましたが、果て無く人を好きになれる事はそれだけで素晴らしいと思います。好きと言う感情は種類や大きさに違いは有れどどれも貴いもの。全く別の環境で生まれ育ち、別の見解を持つ他人を受け入れ愛す事は非常に難しくまた、非常に神秘的な事だと思います。
暖かな気持ちは伝染するものです。あなたが幸せに笑えたなら、それだけでもしかしたら気付かない内にどこかで誰かが幸せになっているかも知れません。逆に溜め息を吐くと幸せの妖精さんが逃げてしまうと言います。妖精さんを逃がさない為にも嫌いの数を挙げるよりもより、好きの数を指折り数えて生きて行きたいものですね。きっと数が増える度に、相手への思いも募り行くことでしょう。それが幸せへと繋がる一歩でも有ると、信じています。

■ 諦めてしまう前に

駄目だ、自分には向いていない。そう思い諦めてしまう前に、一度本気になってぶつかってみませんか。恋愛は日々の生活を大きく変える、糧の一つです。

無くても良いけど、有れば尚良い。そんなデザートのような恋愛を、是非皆様にも味わって頂きたいと当サイトは考えています。

このページの先頭へ