伝えると言うこと、伝えられると言うこと
物事を伝えるということは自分では無い別の人に己を解って貰うという事です。別個の者に何かを伝えるということは決して容易い事では有りません。同じものを見ていたとしても、感じ方は人それぞれ。木に実る林檎を見たとしても、パフェを想像する人が居ればサラダを連想する人も居る。その、人と人との間に生じるずれを埋めて行く行為がコミュニケーションだと私は考えます。同じものを出来るだけ近い目線で捉えられるよう言葉や仕草、声や表情などを駆使し伝える行為そのものが相手への歩み寄りなのです。
分かり合うための行為がコミュニケーションだとしたら、伝える際最も大切な事は分り易く伝えるという事。独り善がりの一方的な伝え方では決して相手に伝わりません。幾ら伝えたい事柄を有しても、相手が受け取り兼ねるものであれば意味を成さないのです。それが拗れた場合、異性間であれば最悪ストーカーの如き扱いを受ける可能性も有りますのでご注意下さい。
では逆に伝えられるという行為、相手の伝達を受け止めるという行動は如何でしょうか。貴方は相手が伝えようとしていることを、100%受け止めている自信が有りますか?もし有るのでしたら、それは自信過剰です。別の視野を持つ人通り、100%分かり合うなど有り得ないのです。同じような見解を持ち、同じような言葉を選ぼうともイコールで繋がる事は決して有りません。限り無く近い存在が関の山です。それを踏まえ相手の言葉を受け止めたなら、幾分受け止め方も穏やかになるのでは無いでしょうか。必要なことは理解する事ではありません、理解に努めることです。その積み重ねが相手に歩み寄る確かな一歩である事は、間違い無いのですから。
言葉以外の伝え方
ノンバーバルコミュニケーションという言葉をご存知でしょうか。非言語コミュニケーションと銘打たれている通り、言語以外で伝えるコミュニケーションの事を指します。具体的には視線や身振り、手振り、声の抑揚や言い方、表情などを表します。物事を伝える際、言語よりも多くの情報を伝えるのが言葉に付随するこの部分となっています。
簡単に例を挙げてみますと、貴方の友人が朗らかな笑を湛えながら「非常に怒った!」と伝えて来たとします。この場合、言語的には「怒った」と示しているもの、非言語的には「怒ってはいない」と伝えています。言葉では怒りながらも、態度では怒りを示していない。言葉の外の部分で本当の感情を伝えて来ている、と判じられます。
それではこの逆を考えてみましょう。
眉間に皺を寄せ目尻を吊り上げながら「怒っていない」と怒鳴ったとします。言語的には怒りを否定していますが、 非言語的には強い怒りを示しています。
どちらがより多くの情報を伝達しているか、お分かりになられたでしょうか?
つまり何が言いたいかと申しますと、言葉は伝えるには十分では無いということ。しかしメールという媒体を交流の主として使う以上、普段何気無く伝える事にも少しばかり気遣いが必要矢も知れません。一を伝える為に、一を記したのでは伝わり辛い事がある。その事実を心の片隅にでも留めておいてください。
