想いの天秤は水平になるように
人と人との付き合いは複雑なものです。好きって感情は人を幸せにもし、また不幸にもする。適度な想いは心地良くとも、過ぎれば毒にもなり兼ねないと言うことです。吊り合わない気持ちは相手を、そして己を蝕む事でしょう。天秤を傾ける者は焦燥と苛立ちに翻弄され、相手方は罪悪感と不安による居心地の悪さで次第に心の距離も開いていく。僅かに違えた道に気付かず進むうちに、いつしか角度を増し分かり合えない迄に擦れ違ってしまう。珍しく無い事です。
別個の人間が分かり合う事自体、元より難しいこと。互いの持つ距離を埋めあう事は、旗を崩さぬよう砂山を少しづつ削り取るようなものです。力が強過ぎては壊れていまい、弱過ぎては何時まで経っても山は天高くそびえるまま。
では、どの様に歩み寄るべきでしょうか。
考え方や感じ方は人により千差万別、一概には言えないものです。しかしその中でも比較的距離の縮まり易い事柄を例に挙げて紹介してみたいと思います。鵜呑みにするのではなく、参考程度に目を通して頂けましたら幸いです。
弱気の末に育まれる安心感や信頼感
日々を生きる中、誰しも少なからず落ち込んだり憤ったり悔やんだりと、気持ちが沈む出来事に見舞われることでしょう。そんな時、親身になり支えてくれる存在という者はそれだけで心強いもの。気持ちを開き易いことはお分かりいただけるかと思います。なので今回は逆の立場、悩みを打ち明ける立場に視線を据えお話させて頂きたいと思います。
悩みを打ち明けると言っても、突然大き過ぎる話を振る事は問題外です。解決しようの無い問題は極めて親しい間柄で無ければ心苦しい思いをするばかりで、互いになんの得るものも見出せないかと思われます。個人差は有りますし、状況によっては言葉にするだけで気持ちが晴れ、相手に目一杯の感謝が伝えられ互いに快い気分で終われることもあるやも知れません。ですがそのような場合は稀では無いでしょうか。一歩間違えたなら、自分では手に負えないと更に距離を開く結果にも繋がる恐れが有ります。
悩みというものは、立ち直る為に抱くもの。悲劇を楽しむためのものでも、己の行動を正当化する為のものでも有りません。相手が少なからずあなたに好意を抱いていたならば、親身になり答えてくれる事でしょう。その気持ちを軽んじてはなりません。貴方を思い、貴方の為に紡がれた言葉をそれなりの気持ちで享受し感謝しましょう。それらの一連が、同じ物事に立ち向かうという一体感を与え、知らず互いの距離を近付けることに繋がります。
心の距離を縮める事が出来るのは、心です。開いての真心とあなたの真心が届き合う時、きっと暖かな感情がお互い生まれる事でしょう。
